演出家 小柳奈穂子が語る
小柳奈穂子が語る ミュージカル・フルコース 『GOD OF STARS-食聖-』の見どころ<前編>
映画や漫画を原作とした演出作品にも高い評価を得る演出家・小柳奈穂子が、ふたたび星組と大劇場でのオリジナル作品に挑む。この公演を最後に退団する紅ゆずる率いる星組を、どのように「料理」して魅せるか。今注目を集める演出家のひとり、小柳に話を聞いた。
紅ゆずるの退団公演に、今回の作品を選んだ経緯について
私自身、紅主演のコメディーを見てみたかったのも理由のひとつですが、まずは彼女らしさやセンスを生かした作品をと考えました。彼女は2度の台湾公演を経験しているのでアジアを舞台にしよう、そして、最後の公演でも新しいチャレンジになるようなものがいいな…と、今作を構想するに至りました。
作品の展開について
シンガポールのホーカーズ(屋台街)を、みんなで地上げ屋から守ろう!という状況での物語です。紅が演じる天才料理人のホン・シンシンは買収する側の人間で、最初は絵に描いたような嫌な奴ですね(笑)。一方、綺咲愛里演じるアイリーン・チョウは屋台のオーナーで、逆境にも立ち向かう勝ち気な女性です。最初は敵対関係にある二人が、徐々に惹かれ合っていく、という、よくあるお話がベースですが、シンプルな流れの中にも、役者たちの個性や魅力が提示できるように意識して創っています。良い意味で例えるなら、吉本新喜劇や映画「男はつらいよ」といった、あるフォーマットの中に演者の見せ場を作る感じでしょうか。出演者の個性を生かした“役者ありきのあて書き”をする形をとっています。
天界が出現したりアイドルグループが登場したりと、ユニークな設定ですね
天界には、専科の汝鳥伶さん演じる牛魔王がいます。紅の集大成的な作品にしたいとの思いもあり、ここではかつての公演『ANOTHER WORLD』の要素を取り入れていますが、他にも『オーム・シャンティ・オーム -恋する輪廻-』や『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』のテイストも盛り込んでいますので、長く星組を応援いただいているファンの皆さまにもお楽しみいただけると思います。
ちなみにアイドルグループは、シンガポールの男性ご当地地下アイドル“パラダイス・プリンス”と、アジア各国から選抜して結成された女性ユニット“エクリプス”が登場します。
音楽クリエイター・ヒャダイン氏と宝塚歌劇の初コラボレーションについて
今回、お願いして、プロローグとアイドルグループの曲を作っていただきました。ヒャダインさんの曲は、ロックオペラのように、構成が非常に複雑なところが特徴的だと思います。いくつもの異なるメロディーの連続が、最終的に一つの楽曲としてトータルでの世界観を創り出すところが、ショーの中詰などにピッタリだなと思って聴いていたのですが、今回のお芝居の雰囲気なら、ご一緒できればきっと面白いものができるのではないかと確信しました。
“クッキング・コメディー”と銘打っていますが
料理バトルの場面は、“ダンス×演劇×J-POP”のエンタテインメントを体現されているユニット、梅棒さんが振付を担当してくださっています。2.5次元ミュージカルをはじめとする数々の舞台において、不可能を可能にしてこられた梅棒さんですから、大変楽しみにしています。料理バトルの他に、ラップ対決もあります。バラエティに富んだ内容で、ご覧になる方々に喜んでいただけると思います。
小柳奈穂子が語る ミュージカル・フルコース 『GOD OF STARS-食聖-』の見どころ<後編>
インタビュー<後編>では、紅ゆずるら出演者や、星組の魅力を中心に話を聞いた。
紅ゆずるの魅力と今作で期待すること
舞台を観ていて、お腹の底から本気で笑うことができるトップスターだと思います。本当に得難い個性なので、彼女の魅力を全開でお見せできる作品にしたいですね。
『めぐり会いは再び』(2011年)の時、演じるキャラクターが持つコミカルさを超えた、本人からポロッとこぼれる台詞が、極めてユニークだと感じました。タカラヅカでは、芸術的で重厚な作品も、客席とのコミュニケーションがあるような大衆芸能的な作品も上演されますが、彼女は端正なスターでありながら、後者も全力で担うことができる人でした。これまで何度も一緒に仕事をしてきたなかで、彼女のお蔭で創り上げることができた作品も多かったと思います。今作でも彼女の持ち味を、最大限に生かしてほしいです。
綺咲愛里の魅力と今作で期待すること
『南太平洋』(2013年)に出演している綺咲を見て、なんて可憐な娘役だろう、と思ったのを覚えています。実は彼女には、愛らしさだけではなく、必ず要求に応えてくれようとする勇敢さが同居しています。ただ黙って守られるのではなく、毅然と戦う強さを持った現代的なプリンセスのイメージと重なりますね。今回、屋台を守るために逞しく生きようとするアイリーン役もぴったりで、彼女の魅力を存分に引き出したいですし、彼女自身もその期待に応えてくれると思っています。
トップコンビの魅力や思い出について
紅は、タカラヅカや男役に対して愛情を持ちながらも、新しいことに意欲的にチャレンジするスターです。相手役の綺咲も同じ姿勢なので、このトップコンビは、私にも “チャレンジしよう!”と、前向きな気持ちにさせてくれます。
また二人は、現代的な、女性が自立し、男性が「大丈夫、大丈夫」と大らかに受け止めているカップルのような感じがします。今回の作品では、そんなコンビの印象も役の関係性に生かすことができればと思います。
二人の退団について、ここ数年常に縁があるので、全てが現在進行形で……、まだ思い出を語る気持ちにはなれませんが、今回が最後の公演と思うと、とても寂しいですね。
リー・ロンロンを演じる礼真琴について
礼が演じるのは、紅扮するホン・シンシンの弟子で、彼を裏切ることになる人物です。彼女はキャラクターが強めの役でも、輝きを増すのではと感じましたので、今回かなり極端な色を出してもらいます。ネガティブエンジンを搭載したオタクで、いつも後ろ向きの発言をするのですが、恋をすることで変貌していきます。途中からは“ドラゴン・リー”と名乗りますので、ブルース・リーのような雰囲気を目指して(笑)、魅力的な人物に創り上げてほしいと思います。
ニコラスを演じる瀬央ゆりあについて
綺咲演じるアイリーンのいとこで“パラダイス・プリンス”メンバーのニコラスは、オーディションに落ちつづけても、へこたれずに頑張る明るい青年です。瀬央本人の素のキャラクターを生かし、溌溂と演じてもらえればと思います。お稽古では、ヒャダインさん作曲の「Twinkle Memories」を、メンバーと一緒にとても楽しそうに歌っていますので、これから仕上がりが楽しみです。
エリック・ヤンを演じる華形ひかるについて
元々は街の中華料理屋さんですが、ホンを助けたことにより、アジアを席巻する巨大チェーン店のオーナーに伸し上がる役どころです。香港映画などによく出てくる、なぜか蝶ネクタイをして葉巻をくゆらせているような、類型的な悪役をご想像いただければと思います。専科としての実力と経験、そして彼女の持ち味によって、うまく成立させてくれることでしょう。
専科の汝鳥伶など、紅ゆずるのラストステージに盤石なメンバーが揃いました
汝鳥さんは、演技は言うまでもなく、存在感でも素晴らしい役者さんですが、華形さんとともに紅の舞台に縁が深く、ファンの方々に想い出をたどっていただくために欠かせない存在です。
最高のメンバーで、役を通して二人を見送る、長いサヨナラショーのような…もちろん初めて宝塚歌劇をご覧になるお客様に楽しんでいただける作品を目指していますが、結果的に、紅ゆずると綺咲愛里の“役”と“個”が融合した作品に仕上がりつつあると、お稽古をしていて感じています。
最後に、お客様にメッセージを
紅ゆずる、綺咲愛里の退団公演を担当させていただくことを、大変光栄に感じております。この公演が、今の星組最後の集合写真、あるいは卒業アルバムのように感じていただける作品になればと思っております。集大成としての二人の姿、個性あふれる出演者の活き活きとした姿を、皆さまの目に焼き付けていただければ嬉しいです。
【プロフィール】
小柳 奈穂子
東京都出身。1999年宝塚歌劇団に入団。2002年、創世記のハリウッドで映画製作に情熱を傾ける人びとを描いた青春群像劇『SLAPSTICK』(月組)で演出家デビュー。その後、コミックをミュージカル化した『アメリカン・パイ』(2003年雪組)、近未来を舞台にしたファンタジー作品『シャングリラ -水之城-』(2010年宙組)、バウ・ラブ・アドベンチャー『アリスの恋人』(2011年月組)など多様な作品を発表。宝塚大劇場デビュー作『めぐり会いは再び』(2011年星組)が好評を得て、翌年には続編『めぐり会いは再び 2nd ~Star Bride~』(星組)を上演。『Shall we ダンス?』(2013年雪組)、『ルパン三世 —王妃の首飾りを追え!—』(2015年雪組)、『オーム・シャンティ・オーム-恋する輪廻-』(2017年星組)、『幕末太陽傳(ばくまつたいようでん)』(2017年雪組)、『天(そら)は赤い河のほとり』(2018年宙組)など、映画・漫画原作のミュージカル化にも定評がある。台湾公演でもその手腕を発揮し、『怪盗楚留香(そりゅうこう)外伝-花盗人(はなぬすびと)-』(2013年星組)、『Thunderbolt Fantasy(サンダーボルト ファンタジー)東離劍遊紀(とうりけんゆうき)』(2018年星組)で高い評価を得た。