ケイレブの生きる時代

『私立探偵ケイレブ・ハント』の舞台は20世紀半ばのロサンゼルス。その頃のアメリカの様子とはどんなものだったのか…。
観劇前に、知っておくとより楽しめる予備知識をご紹介します。   

1950年代のアメリカ経済

第二次世界大戦に勝利したアメリカは、経済成長と繁栄という安定期を迎えます。豊かさの象徴となる大型冷蔵庫やカラーテレビなどの家電製品が一般家庭に普及しました。さらに、自動車の販売数が急増しハイウェーの整備も進んだことから、観光産業が活性化。郊外にマイホームを購入する中流階級の人々も増えました。まさに1950年代は、アメリカ人の暮らしが大きく変化し、現在のようなライフスタイルが確立された時期だったのです。   

ロサンゼルスの治安

当時のロサンゼルスは好景気に沸く一方で、女優志望の女性が巻き込まれた猟奇的な事件が発生するなど、凶悪犯罪が激増。また、同じ頃にヒスパニック系ストリートギャングが問題視され、彼らが刑務所内で結成したプリズンギャングが大きな影響力を持ちはじめていました。そんなロサンゼルスの治安を象徴するかのように、「フィルム・ノワール」と後に呼ばれる犯罪映画のジャンルも誕生しました。こうした時代だからこそ、ケイレブのような探偵業が成り立っていたと言えるでしょう。   

ロサンゼルスと映画産業

ロサンゼルスと切っても切れない関係にあるのがハリウッド映画。1940年代は、アメリカ映画のほとんどがハリウッドで制作されたと言われるほどの黄金期でした。こうして成功した映画スターは、ロサンゼルスのダウンタウンの西部にあるビバリーヒルズに豪邸を建設。ケイレブが顧客としたようなセレブが集まる街として栄えます。1950年代に入ると、テレビの普及などに伴い映画産業にも陰りが見え始めますが、現在もビバリーヒルズは高級住宅地として知られ、今ではハリウッドスターの邸宅を見ようと多くの観光客が訪れる観光名所のひとつになっています。   

1950年代のアメリカのファッション

ケイレブの恋人イヴォンヌがスタイリストとして働いていた1950年代アメリカのファッションは、大戦中の抑制されたスタイルから一変。クリスチャン・ディオールがパリコレで発表した新しいシルエット「ニュー・ルック」の影響を受け、女性はウエストを細く絞って女性らしい曲線美をアピールし、プリーツやフレアスカートが人気のスタイルとなりました。また、ロックンロールが爆発的にヒットし、皮ジャンやリーゼントなどのいわゆる不良スタイルが若者の間で流行しました。